海外情勢・海外研修


       ソロモン諸島研修旅行に参加して
                新潟県郷友会 山田 フヨ
 
        

 海ゆかば 水漬く屍 山ゆかば 草むす屍 
          大君の邊にこそ死なめ かえりみはせじ 
 詞は万葉集にある大伴家持の歌から採られています。
神武天皇から万世一系の繋がりである天皇陛下は、日本国にとっての背骨であり日本人の愛の糸、奈良時代の歌詠みから今も変わらずに大君であります。
旅行中に宮城県郷友会Sさんのピッチで何回も「海ゆかば」を歌って覚えてしましました。
 平成28年11月5日成田空港21時05分発ニューギニア航空機で、パプアニューギニアの首都ポートモレスビーに飛び、乗り継いでガダルカナル島ホニアラへ到着しました。
機中9時間、乗り継ぎ待ち5時間、時差2時間、旅行は体力と気力があってこそ動けるうちです。
行くなら今でしょうの勢いで参加しました。
余談ですが20年以上前に『パプア君』の漫画がありました。
南国で一人暮らす少年の物語で、動物の友達がたくさんいてコメディー漫画でした。
パプアニューギニアと聞いて思い出してしまいました。

           
ソロモン諸島研修旅行に参加して 本文 (PDF)

          



      「北方四島訪問記」        
           埼玉県郷友会 会長 小津光由
 

 私はこれまで永い間、一度は北方領土に赴いてロシア側から日本を眺め、その実態を踏まえ、戦後長い間、日本とロシア(ソ連)両国間の大きな「トゲ」となっているいわゆる「北方領土問題」を考えてみたいと考えていたが、今回、その訪問団に加えていただき、国後島と択捉島を訪問することができた。 
以下、北方四島の現況や訪問間に折に触れ感じたことを報告、ご紹介したいと思う。


            北方四島訪問記(一) (PDF)
            北方四島訪問記(二) (PDF)

         


                     「交流船 エトピリカ号」


「南エチオピアの人々」   仲崎 浜吉

  昨年、安倍首相が中央アジアを歴訪しましたが、その直前、私もシルクロード探訪の一環としてカザフスタン・キルギスの旅行に行っていました。
両国ともに、1991年のソ連崩壊に伴って独立した共和国で、かつて草原を疾走していた匈奴や突厥などの騎馬民族の姿を思い浮かべることができるといいなと思いながら、旅立ちました。 

           「南エチオピアの人々」(その1)    
           「南エチオピアの人々」(その2) 

          


「カザフスタン・キルギスの旅」  仲崎 浜吉

  昨年、安倍首相が中央アジアを歴訪しましたが、その直前、私もシルクロード探訪の一環としてカザフスタン・キルギスの旅行に行っていました。
両国ともに、1991年のソ連崩壊に伴って独立した共和国で、かつて草原を疾走していた匈奴や突厥などの騎馬民族の姿を思い浮かべることができるといいなと思いながら、旅立ちました。 

   「カザフスタン・キルギスの旅」
         (その1) カザフスタンの旅
         (その2) キルギスの旅

          


パラオ研修旅行
2015年(平成27年) 2月24日〜3月1日
      栃木県郷友会  谷 武雄
    

(はじめに)
 26年度、日本郷友連盟企画のパラオ諸島研修旅行に参加した。
見、聞、感じた事の一端を記したいと思います。
『この度の海外研修旅行は、第一次世界大戦後(1922年、大正11年)に日本の委任信託統治領となった南洋群島の一つであるパラオ諸島、特にペリリュー島、アンガウル島です。
この島は大東亜戦争時の激戦地で有名です。        
 ここを守備したのは、パラオ地区集団(第14師団宇都宮)であり、特にペリリュー島では水戸歩兵第2聯隊が中心(約1万2千名、中川州男大佐指揮)となり、1944年 (昭和19年)9月15日〜11月24日までの73日間、約4万名の米軍に徹底抗戦し11月24日有名な「サクラ、サクラ」の暗号訣別無電を師団司令部(パラオ諸島の中心地コロール島)へ打ち玉砕した。

 アンガウル島では、9月17日〜10月19日の33日間、日本軍1千200名(宇都宮歩兵第59聯隊第一大隊基幹・後藤丑雄少佐指揮)が米軍2万名と戦いました。
いまだ3千柱以上のご遺骨が、この地に眠っていると見積もられ、この激戦地を訪れ、
往時を偲びご英霊に慰霊の誠を捧げる旅です。

     パラオ研修旅行 (栃木県郷友会  谷 武雄)へリンク

      


硝煙こむる南洋にて (パラオ研修旅行記)
          小林裕彦    

 寺島泰三日本郷友連盟会長を団長として,平成27年2月24日から3月1日にかけて,総勢15名でパラオ研修旅行に行って参りました。岡山県郷友会からは藤原一雅理事長以下合計6名が参加致しました。

        岡山県郷友会安全保障フォーラム担当部長
        小林裕彦(岡山弁護士会所属弁護士)

                        

      硝煙こむる南洋にて(パラオ研修旅行記)へリンク

      


 「南コーカサスの国々」を訪ねて 仲崎 浜吉

  南コーカサス(南カフカス)の国々(アゼルバイジャン・アルメニア・グルジア)に草原のシルクロードがあったことを知って以来、一度は行ってみたいと思っていた。
草原のシルクロードは西安からモンゴルやカザフスタンのステップ地帯を通り、カスピ海から南コーカサスを経てトルコに至る道です。

 3か国はともに1991年、旧ソビエト連邦から独立した国で日本では馴染みが浅い上に、危ないと言われているウクライナや「北コーカサス」のチェチェンやオセチアにも近く、西と南にはトルコとイランという地勢にあるため、もともと旅行社が提供するツアーも少なく、2014年10月22日〜30日の間、ようやく出かけることができた。


   「南コーカサスの国々」を訪ねて
     (その1) カタール・アゼルバイジャンの旅
     (その2) グルジア・アルメニアの旅

          


百済王朝ゆかりの地を巡る旅  仲崎 浜吉

  ある日、友人から「百済王朝ゆかりの地を巡る旅」に行かないかという話があって、喜んで参加してきました。
 旅のメンバーは私を除いては百済や古代山城について優れた知識を持った人達で、行楽地は訪れず、ひたすら百済の王都とそれを守る山城と、唐・新羅の連合軍と日本軍が海戦を行った白村江の候補地を巡ってきました。
 お隣の韓国について殆ど何も知らなかった私ですが、旅を通じてほんの少しは分かってきました。
 いい報告ができるかどうか心配ですが報告させていただきます。

    「百済王朝ゆかりの地を巡る旅」はこちらをクリックしてください

          


モロッコの風  仲崎 浜吉
     
 友人に「今度はモロッコに行ってみようと思っている」という話をすると、「アルジェリアでテロがあったし、エジプトも騒乱状態だと言うし、モロッコも危ない国じゃない? 大丈夫?」と心配された。
旅行社から大丈夫らしいという話は聞いていたので私も妻も一応安心はしていたが、6泊9日の強行スケジュールの観光旅行を終えて、無事帰ってきました。
旅の様子と、何故無事帰って来られたのかを振り返ってみたいと思います。

       「モロッコの風」はこちらをクリックしてください

          


    トルコのデモと民主主義 ―トルコ報告―
                 
執行役員 中濱 慶和 
 イスタンブールの一角の公園から

 今から1年半前に都市再開発計画の一環として、イスタンブール新市街の中心にあるタクシム広場周辺に歩行者専用道路を設置するために、広場に隣接するゲジ公園の600本の樹木を伐採する計画が持ち上がった。それに対してイスタンブール建築家会議所が、環境破壊を懸念して反対、政府に要望を伝えてきた。しかし要望は聞き届けられず、ついにブルドーザーがゲジ公園に投入されようとしたために、建築家会議所はメンバー100人が座り込みを始めた。2013年5月27日のことである。

                

        トルコのデモと民主主義 ―トルコ報告― へリンク
                          
            

       「カンボジア軍の教育体験記」
      

             常務理事兼事務局長  中村 弘
     
一月一日(元旦)早朝、成田を離陸した航空機は、途中ベトナムのホーチミン市を経由、同日夕、カンボジアの首都プノンペン空港に到着した。
空港を一歩出るや、日本との気温差に驚くと同時に、正月とは言え真夏の蒸し暑さ、自転車、バイク、トゥクトゥク、車の洪水と雑然とした街並みがまず目に飛び込んできた。
現地における教育準備期間を含めてこれから約3か月間、教育に任ずる国を目の当たりにした時、我が国との乖離の大きさに期待と不安が瞬間的に交錯した。

      「カンボジア軍の教育体験記」はこちらをクリックしてください
            
            

 「カラコルム・ハイウェイ」を往く 仲崎 浜吉
     
パキスタンに行くと言うと「危ないんじゃない?」とか「何しに行くの?」という質問をよく受けた。 確かに、「危ないな!」とは思っていたが、それにも増して、私は行きたかった。

    「カラコルム・ハイウェイを往く」はこちらをクリックしてください

            

            


 ペルシャを旅して 仲崎 浜吉
     
 「イランに観光旅行に行く」と言うと「危ない国じゃない? 大丈夫?」と聞かれるので、「ペルシャに観光旅行に行く。」と言って出かけました。
 結果は、「大変満足して、無事帰ってきた。」ので、一応、大成功でした。

       「ペルシャを旅して」はこちらをクリックしてください

             

   ミャンマー研修旅行記  常務理事 勝木 俊知

 平成22年10月24日から30日の間、寺島会長以下14名でミャンマー連邦(以下ミャンマーと呼称)を訪れ、大東亜戦争時のイラワジ会戦(昭和20年1月9日〜2月27日)およびメテイラー会戦(昭和20年2月28日〜3月28日)がおこなわれた戦場となった地域で、戦史の研修と戦没者の慰霊をおこなった。
 ミャンマーは約68万平方`と日本の1.8倍の面積があり、人口は約5,737万人で日本の半分である。首都はネピドーにあり、旧首都であるヤンゴンからは車で5時間程かかる。
ミャンマーは少数民族を抱える多民族国家でもあり、ビルマ族が7割を占め、ビルマ語が使われている。

      ミャンマー研修旅行記(本文)はこちら

                   在ミャンマー日本国大使館にて
      


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   インドネシアの旅  常務理事 勝木 俊知

 今回の旅行(平成21年10月)の目的は、インドネシアにある大東亜戦争時の戦跡を巡り、英霊に慰霊の誠を捧げるとともに、「日本人の自信と誇りを深め」、「世界で最も親日国家の現状を観る」ことであった。
 日本の5倍の面積をもち、国内に時差のある広大なインドネシアを、わずか9日間で攻略した大東亜戦争開戦劈頭の南方作戦における日本軍の精強さや、終戦後もインドネシアに残り、その独立に力を貸した残留日本軍将兵の活躍を知る時、また現在のインドネシアの発展を観る時、まさに当時日本が掲げた「大東亜共栄圏」が形成されているのを実感する。
いろいろと問題はあろうが日本政府のインドネシア政策は戦前も戦後も間違ってはいないと思った。
 
            インドネシアの旅(本文)はこちら

                    カリバタ英雄墓地にて
      

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シリア・ヨルダン世界遺産を訪ねて   仲崎 浜吉 
シリア・ヨルダンは危険な所??  
そんなこと、全然ありません。平和でフレンドリーな国でした。

      シリア・ヨルダンの世界遺産を訪ねて(本文)はこちら

                  
(世界遺産ペトラ(ヨルダン)
                 



     「幸福の国」ブータン探訪   仲崎 浜吉
     
 昨年11月、ヒマラヤの麓の「神秘の王国」ブータンでジグメ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク第5代国王の戴冠式が行われ、世界で一番若い28歳の国王が誕生しましたが、たまたまその1ヶ月前に私達は観光旅行でブータンを訪れていました。
観光旅行者の、限られた地域における、短時間に見たり聞いたりした印象ですので正確な姿を伝えていないと心配しつつ「幸福の国」ブータンを素晴らしい思い出を交えて紹介します。

    「幸福の国」ブータン探訪はこちらをクリックしてください

        


「サイパン・テニアン島慰霊・研修旅行記」  
             運営委員  富田 稔
 平成20年8月14日、我々は、成田空港を10時過ぎに離陸し海上約2400キロメートルを3時間半程(時差1時間を加え時計上は4時間半)で飛行して15時前には島の南端にあるサイパン空港に降り立っていた。
添乗員の古沢氏の誘導で使い古されたような大型バスに乗り、西海岸の町ガラパンのホテルに向かう。チェックインを済ませ、結団式を兼ねた夕食会の時間を待った。
待ち時間に、近くのアメリカ記念公園を散策した。あちこちとプルメリアの花を拾い歩いていたら、ホテルに戻る頃には日が傾いてきた。ホテルの窓から眺めた夕焼けは、穏やかで美しい。昔から変わらないであろう常夏の暑さのなか、やや湿気を含んではいるが新鮮な空気を胸一杯に吸い込んだ。雲の色が明るい朱色から深紅に染まっていく。ふと、戦いの中で倒れていく兵士の姿が脳裏を過ぎったような気がした。

    「サイパン・テニアン島慰霊・研修旅行記」はこちらをクリックしてください。

   


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○草原の戦跡を尋ねて(1・2・3・4) 
      
                    
                  郷友連盟 常務理事   高橋 義洋   


 平成19年度の研修は6月25日から7月2日の7泊8日でウランバートル〜ブイル湖畔〜ノモンハン戦跡、ウランバートル〜カラコルム遺跡を訪ねるものでした。

6月25日、一行はモンゴルの首都ウランバートルに到着しました。
  草原の戦跡を尋ねて(1) 

大草原を300km疾駆してノモンハンの戦跡に到着しました。
  草原の戦跡を尋ねて(2) 

実はこの後、、ハルハ河
東岸地区を含め、地点の評定には苦労しました。
  草原の戦跡を尋ねて(3) 

ノモンハン戦場跡からウランバートルへ更にハラホリン(カラコルム遺跡)に
向かいました。
  草原の戦跡を尋ねて(4) 

 

  


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○北方領土ビザ無し渡航体験記 

    
            
        
                        郷友連盟 常務理事   細  稔  
                                      冨田 稔


 我々は平成18年度夏の訪問団に参加しました。貴重な体験をしましたので報告します。



        いよいよ国後島に上陸



        夏草の中の日本人墓地(古釜布にて)

北方領土ビザ無し渡航体験記(上)はこちらをクリックしてください

北方領土ビザ無し渡航体験記(中)はこちらをクリックしてください


北方領土ビザ無し渡航体験記(下)はこちらをクリックしてください





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○オーストラリアを訪れて 
    
            
         郷友連盟 常務理事 中村 弘

平成18年度の海外研修旅行はオーストラリアでした。貴重な経験をしましたので報告します。



キャンベラの戦争記念館にて全員で

オーストラリアを訪れて(上)はこちらをクリックしてください

○オーストラリアを訪れて (下)


カウラの日本人墓地慰霊祭で寺島会長の玉串奉奠

オーストラリアを訪れて(下)はこちらをクリックしてください

○シドニーで偶然の出会い
    
連盟・海外研修でタイ国陸軍留学生と再会

平成18年度の海外研修旅行はオーストラリアでしたが6月15日、シドニー湾を見渡すサウスヘッド展望台で、八木多美子研修員が、昨年8月まで約2年間、陸自幹部学校にタイ国陸軍からの留学生(#49式幕僚課程)のホスト・ファミリーとして親交を続けたチャチャイ・ポンティホチャー中佐と偶然に邂逅した。

研修中で時間的制約もあり、わずか5分足らずという短い時間で、八木研修員はびっくりばかりで、ゆっくり話もできずただただ固い握手を交わすだけだったが、約1年ぶりに、異国の地で、人知を超えた予想もしない出会いがあるものと、寺島研修団長が二人の記念場面を撮影した。

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