「カザフスタン・キルギスの旅」
2015年10月9日〜17日

(その1) カザフスタンの旅

 昨年、安倍首相が中央アジアを歴訪しましたが、その直前、私もシルクロード探訪の一環としてカザフスタン・キルギスの旅行に行っていました。
両国ともに、1991年のソ連崩壊に伴って独立した共和国で、かつて草原を疾走していた匈奴や突厥などの騎馬民族の姿を思い浮かべることができるといいなと思いながら、旅立ちました。

 成田空港からアシアナ航空でインチョン経由、カザフスタンのアルマティに到着しました。
カザフスタン・キルギスともに、日本との時差は3時間です。 

                 

カザフスタンの紹介
 カザフスタンの面積は日本の7倍、人口は約1640万人で、カザフ人が65%、ロシア人が22%、その他100の民族から構成される多民族国家です。
国土は殆んどステップ(草原)や砂漠に覆われており、カスピ海の石油をはじめウラン、鉄鉱石、レアメタルなどの鉱物資源が豊富で、小麦などの農業や牧畜が盛んな豊かな国です。
また、宇宙飛行士の油井亀美也さんが宇宙に向ったバイコヌール基地もカザフスタンにあります。(ロシアが1億ドル/年で租借中)

 

カザフスタンの旗は青色が青空を、黄色の太陽と鷲は明るい希望と自由を象徴し、左の文様はカザフ民族の伝統的な装飾を表しています。

首都アスタナについて
アスタナは今回の旅の日程に入っていませんが、カザフスタンの北部に位置し、1997年から首都となり、2017年には万国博覧会が開催される予定になっています。
この町は黒川紀章氏が設計し、現在も建設が進んでいます。
 カザフスタンが、北部のアスタナに首都を移した理由は、北部はロシアに接し、ロシア人とカザフタン人の結婚も進んでいることから、ナザルバヤフ大統領がカザフスタンの国家主権意志を明確にするが目的の一つだと言われています。

アルマティに到着
 アルマティは「りんごが採れる町」という意味で、カザフスタンの南東の隅にありますが、シルクロードの交易町として栄え、1997年に首都が北部のアスタナに移るまでは約70年間首都だった町で、今でもビジネス、文化、学問が盛んな中央アジアを代表する大都会です。

 

タムガルへ
アマルティからバスで約3時間走って、タムガルの岩絵を見に行きました。
ここは2004年、カザフスタンで最初に世界遺産に指定された所です。青銅器時代から鉄器時代、サカ族によって狩りや生活の様子が5000点も描かれており、当時、標高5000mに住むユキヒョウを家畜として飼育し、狩猟に使っていたことがわかります。

 

カザフスタンの農業
 アルマティの町を出ると広大な草原が続きます。カザフスタンは、中央アジアの中でも唯一、ソ連時代のコルフォーズ・ソフォーズが残っており、コンバインを使用して、小麦・トウモロコシ・米などの大規模な有機農業がおこなわれています。そのため、多くのロシア人がソ連崩壊後もこの地に残ったそうです。

 

カザフスタンのエネルギー事情
 キルギスとの国境に近づくと風力発電の建設現場がありました。
カザフスタンのエネルギーはカスピ海で採れる石油が主であり、石炭火力や水力発電も行っており、更に風力発電にも取り組んでいます。カザフスタンは物価が高い中で、ガソリンなどの燃料費は安いそうです。 

 

チャリンキャニオン観光
 キルギスからアルマティに戻った翌日、中国との国境に近いチャリンキャニオン観光に出かけました。
2000万年前、豊かな水量だったチャリン川の水量が突然減少し、その後、風化が進みミニ・グランドキャニオンができたそうです。
東方を見ると山の姿が見えましたが、その向こうは中国新疆ウイグル自治区イーニンです。

 

西ヨーロッパ・中国西部高速道路
途中、「西ヨーロッパ・中国西部高速道路」(コンクリート製)の建設現場を悪性苦闘して通過しました。
この道路建設は中国が「一帯一路」を公表した以前の2009年に開始された国際事業で、もう3〜4年の内には完成しそうな状況でした。
 カザフスタン内では2787kmが通過しており、東は中国の新疆ウイグル自治区イーニン、更にウルムチ、西安に通じているそうで、現代版シルクロードになりそうです。

 

アルマティ市内・パンフィロフ公園
 大祖国戦争(第2次世界大戦の対ドイツ戦)で、モスクワを防御し、戦死したパンフィロフ将軍率いる28人の戦士を記念した像がありました。

 

国立博物館
 
カザフスタンの歴史資料が豊富に展示されており、人気の展示物は「黄金人間(レプリカ)」で、アルマティ近郊でスキタイ戦士の墓から発掘されました。
本物はアスタナにあるそうです。
「黄金人間」は4000以上の金細工で出来ており、本物はアスタナにあるそうです。

 

教育事情
 元気な子供達が国立博物館の見学に来ていました。
カザフスタンもキルギスも共通で無料の義務教育は9年で、その上に大学があり、進学率はカザフスタンでは約80%、キルギスでは約90%です。
高校卒業生は2年、大学生は1か月の軍隊訓練があるそうです。

オペラバレエ劇場
 オペラバレエ劇場では18世紀にカザフ・ハン国のハン(王)だったアブライ・ハンのオペラが催されていました。アブライ・ハンはDNA検定でジンギス・カンの末裔であると証明されたそうです。

 

自動車事情
 カザフスタンでもキルギスでも日本の自動車が沢山走っていました。新車同然の中古車が多く、レクサスも沢山走っていました。これらの車はウラジオストクからシベリア鉄道で運ばれてきているそうです。

 

メデウスケート場とシンブラクスキー場
 アルマティ郊外にメデウスケート場とシンブラクスキー場があります。
2022年の冬季オリンピック招致では北京に負けましたが、メデウは旧ソ連のスピードスケート選手の合宿地、シンブラクは中央アジアで一番のスキー場です。

 

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