人物名 取り上げたい理由 備考
学習指導要領が示す内容
1 アマテラスオオミカミ
(天照大神)
各社教科書には、神話に関する記述として「ヤマトタケルノミコト」は取り上げている。
しかし、「ヤマトタケルノミコト」の話を取り上げるだけで、アの目的が達成できるのであろうか。  
ここは、日本の「国生み」から、スサノオノミコトの「国づくり」を発展させたオオクニヌシノミコトの話、そしてオオクニヌシノミコトからアマテラスオオミカミへの「国譲り」の話という一連の流れを記述し、アマテラスオオミカミがその孫に当たるニニギノミコトに「三種の神器」を与えたという話のあと、初代天皇とされている神武天皇が東征の末大和で即位したことを記述し、その後に国づくりの中で生まれた「物語」としてヤマトタケルノミコトの話を出すと、「ア」の目的がより達成できると考える。
更に「三種の神器」が皇位の象徴として今日に繋がっている事を紹介し、神話と伊勢神宮等及び皇室との関係を考えさせるべきである。
ア 狩猟・採集や農耕の生活、古墳について調べ、大和朝廷による国土の統一の様子が分かること。
その際、神話・伝承を調べ、国の形成に関する考え方に関心をもつこと
2 ニニギノミコト
(瓊々杵尊)
3 オオクニヌシノミコト
(大国主命)
4 神武天皇
5 ヤマトタケルノミコト
(日本武尊)
6 天武天皇
対外関係の不安定や壬申の乱を乗り越え、「改新の詔」の内容を制度化し、皇親政治を実施した天皇として記述すべきである。
「古事記」「日本書紀」の編纂も開始した事蹟も重要である。
ここで、稗田阿礼・太安万侶の功績についても触れること。
イ 大陸文化の摂取、大化の改新、大仏造営の様子、貴族の生活について調べ、天皇を中心とした政治が確立されたことや、日本風の文化が起こったことがわかること
7 持統天皇
夫である天武天皇の事業を受け継ぎ、藤原京の造営、律令国家体制の基礎を固める。
さらに文武天皇(聖武父)の後見となったことを記し、聖武天皇の時代につながる記述が欲しい。
8 最澄(伝教大師)
唐に留学し仏教を学び、天台宗を伝えた。
仏の前での絶対平等を唱え、後世、親鸞や日蓮もここで学んだことをもとに教えを広めるなど、日本仏教の中での影響は大きいので記述すべきである。
禅を学び、比叡山延暦寺を開く。奈良仏教に影響を与えた鑑真には触れて、最澄に触れないのはおかしい。
9 空海(弘法大師) 最澄が学問重視ならば、空海は実践的な仏教を追求し、真言宗を伝えた。
また「弘法筆をえらばず」などの逸話でも有名なので記述すべきである。
高野山金剛峰寺を開く。
10 菅原道真
唐の混乱状態から遣唐使を停止するよう建言した。その後民間レベルでの東アジア世界における交流はあれど、これまで受け入れてきた中国文化を日本風に活かす動きが出てきた。
その境を象徴する人物として取り上げるべきである。
学問、芸道の神とされ、「天神さま」として親しまれている。
11 北条泰時
鎌倉幕府第3代執権。
承久の乱においては幕府側の総司令であった人物。
戦に勝っても天皇家、院政を存続させたことと、幕府体制を安定させ、貞永式目を制定する際の中心人物であったことは記述すべきである。
貞永式目は、寺子屋の教材に使われるなど、後世に与えた影響が大きい。
ウ 源平の戦い、鎌倉幕府の始まり、元との戦いについて調べ、武士による政治が始まったことが分かること
12 親鸞

日蓮

後醍醐天皇

楠木正成

足利尊氏
鎌倉新仏教を代表する人物として取り上げるべき(本当は、法然・道元・栄西も取り上げたい)。
国内の内乱続きの中で貴族だけではなく、武士や庶民にまで仏教が広まっていったことや、親鸞(浄土真宗の開祖)・日蓮(法華宗の開祖)の教えは現代の日本仏教にも大きな影響を及ぼしているから。
エ 京都の室町に幕府がおかれたころの代表的な建造物や絵画について調べ、室町文化が生まれたことが分かること
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17 千利休 児童が「茶の湯」を体験したことを取り上げている教科書(東書)があるので、その集大成者でもある千利休は記述するべきである。
遊興的な喫茶から茶の湯の精神面を重視し、茶道にまで高めた文化的功績は評価すべきである。
オ キリスト教の伝来、織田・豊臣の天下統一、鎖国について調べ、戦国の世が統一され、身分制度が確立し武士による政治が安定したことが分かること
18 徳川綱吉
5代将軍。 3代家光までの「武断政治」を経て、法や制度が整備されてきた「文治政治」の将軍の代表として取り上げるべきである(4代家綱を省くなら、せめて綱吉を記述すべきである)。
学問や仏教を重視していたこと(その一つが「生類憐みの令」)や、財政政策の成果(結果としては不成功ではあったが、画期的であり、後の田沼意次の時代に活かされた)も評価できる。
カ 歌舞伎や浮世絵、国学や蘭学について調べ、町人の文化が栄え新しい学問が起こったことが分かること
19 徳川吉宗 8代将軍。 江戸初期からの経済発展が停滞するようになった中で改革を実施した人物として取り上げるべきである。  
当初は上米や新田開発の奨励を実施していたが、後に地域の特産物開発を奨励する方向に転換させた。
それが田沼政治に引き継がれたことは、町人の文化が栄えた経済的背景として記述すべきである。
20 大石良雄
5代綱吉期の事件の一つ「赤穂事件」の中心人物。
家老として赤穂城主浅野内匠頭の無念を晴らすべく吉良邸に討入り、復讐を果たし、その後幕府から切腹を命ぜられ、従容として従った。
年末の時代劇や舞台で毎年上演されており、海外でも知られている話でもあるので、物語のひとつとして小学生にも教えるべきではないか。
当時から歌舞伎の題材とされ、町人たちの好評を得てもいたので、『学習指導要領』の「カ」の部分にも相当している。
21 松尾芭蕉
俳句の大成者として記述すべきである。
『奥の細道』については、小学校の国語教科書にも記述されているので、教科の関連上でも重要人物である。
さらに5年時の地理分野との関連学習や地域学習の一環としても重要である。
22 二宮尊徳 江戸時代後期の農政改革に力を尽くした人物で節約・勤勉を中心とする「報徳仕法」を実践。
道徳的に取り上げられることが多いが、小田原藩など南関東の諸藩の農政改革に手腕を奮い、成果を上げている。
江戸時代は身分社会と言われているが、その功績によって武士にもなった人物でもある。  
小田原市の小学校では4年生に「尊徳学習」を実施している。
たとえ博物館に行けなくとも、教材の工夫によって「勤勉」 だけでない、実務家としての二宮尊徳の姿を学ぶことは小学生にとっても必要である。
23 井伊直弼
条約問題と将軍継嗣問題を抱えている中で大老となり、勅許を得ず通商条約に調印し、安政の大獄を断行し、桜田門外で暗殺される。
外圧の危機に対応するために勅許にそむくというリスクを負った点について記述すべきである。
キ 黒船の来航、明治維新、文明開化などについて調べ、廃藩置県や四民平等などの諸改革を行い、欧米の文化を取り入れつつ近代化を進めたことが分かること
24 吉田松陰
アヘン戦争で清が敗北したことを知り、江戸に遊学。西洋の兵学を学ぶ必要を唱えた。
幽閉中、松下村塾を開き、伊藤博文や高杉晋作、山県有朋などに影響を与えた人物として記述すべきである。
25 坂本龍馬
海援隊を組織し、薩長連合を斡旋。
朝廷中心の大名会議が権力をもつ統一国家構想「船中八策」を起草し、大政奉還、公議政体を唱える中、暗殺される。
不平等条約改正に尽力した陸奥宗光が若いころに影響を受けた人物として記述すべきである。
貿易会社を設立し、いつも世の流れの先を読もうとしていた人物であったことは記述すべきではないか。
26 高杉晋作
吉田松陰に教えを受け、武士階級だけでなく農民などからも募った「奇兵隊」を組織。
この奇兵隊は倒幕の主力ともなり、さらに国軍創設の際にも影響を及ぼしたことについて記述すべきである。
尊攘運動に投じ、藩論を討幕に転じさせたが幕府滅亡前に病死。
27 徳川慶喜
大政奉還をした江戸幕府最後の将軍として記載すべき。
(江戸〜明治への変化をはっきりさせるため)
28 乃木希典 日露戦争の際の日本海海戦と、東郷平八郎の記載はあるが、旅順攻撃と乃木希典の記述がないのはバランスに欠けるのではないか。
彼の軍人としての評価は今でも定まっていない。
しかし水師営の会見での武人としての言動は当時のオスマン帝国では子どもに彼の名前をつける親が出るほど英雄扱いされているほどであり、外国人にも知られているので、日本人としては知るべき人物である。
昭和天皇の幼少時の教育係として、学習院長に命ぜられ、明治天皇に殉死の後、文武の神として乃木神社が建てられた。
ク 大日本帝国憲法の発布、日清・日露戦争、条約改正、科学の発展などについて調べ、我が国の国力が充実し、国際的に向上したことが分かること。
29 新渡戸稲造
渡米後キリスト教に入信したが、日本民族の道義心は宗教からではなく何処から来るのかと聞かれ、昔から受継いだものであり、その根源として『武士道』を英語で著した。この著書は、日清戦争勝利後、各国の日本への関心が高まる中で世界中のベストセラーになった。更に教育にも尽力し、旧制一高校長や東京女子大学学長などにも就任。
30 昭和天皇
124代天皇。 国内外で大きな危機を迎えていた時期に即位し、この間、立憲君主としての立場を貫かれた。
但し、二二六事件と終戦の時に限って、御自身の考えを強く表明し,事態を収められた。
敗戦後は、日本各地を巡幸され、復興にはげむ人々を励まされ、生涯国民と共に歩まれた。
ケ 日華事変、我が国にかかわる第二次世界大戦、日本国憲法の制定、オリンピックの開催などについて調べ、戦後我が国は民主的な国家として出発し、国民生活が向上し国際社会の中で重要な役割を果たしてきたことが分かること。
31 マッカーサー
5年半にわたりGHQの最高司令官として日本の政治、経済、教育などを管理した人物であるから。
終戦直後の天皇との初会見で、「私は大きな感動に揺さぶられた。死を伴うほどの責任、明らかに天皇に帰すべきでない責任を引き受けようとする勇気に満ちた態度は、私の骨の髄までも揺り動かした。」と回想記に記している。
32 吉田茂
GHQの占領下において政権を担当し、サンフランシスコ講和条約に署名するなど日本の独立回復に力を注いだ人物であるから。
33 湯川秀樹 日本人として初めてノーベル物理学賞を受賞した(1949年)
34 古橋広之進
敗戦直後で日本人の多くが苦しんでいる時期に,世界記録を連発し、「フジヤマノトビウオ」の異名をとり、日本国民を大いに勇気付け、国民的ヒーローとなった。