( 趣 意 ) 本提言は、民主党政権下で検討がはじまった新「防衛計画の大綱」策定の前提となる「国防の基本方針」の見直しの必要性について指摘し、今後の国内外情勢を踏まえたわが国の防衛あるいは安全保障のあり方について、その基本的枠組みを新「国防の基本方針」(試案)としてまとめ、世に問うものである。 現「国防の基本方針」は、半世紀以上前の昭和32(1957)年5月20日に閣議決定されているが、当時と現在との間における諸情勢には大きな変化があり、新たな時代の要請にそぐわない陳腐化したものと言わざるを得ない。 現「国防の基本方針」は、終戦から約10年、朝鮮戦争勃発から7年、対日講和条約と日米安保条約発効から約5年、自衛隊発足から3年が過ぎた時点に策定された。 当時は、世界的な冷戦の初期段階にあり、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の占領政策が日本の非軍事(武装)・弱体化から再軍備・防衛力増強へと方向転換された直後である。 国際的にはわが国に対する軍国主義復活の懸念が残っており、一方、国内的には第9条に代表される現行憲法をはじめとするいわゆる戦後体制が出来上がり、その強い拘束と影響下にあったことは否定できない。 また国家運営は、「経済重視・軽武装」の吉田ドクトリンの下、戦後復興と経済発展が最優先された。 このような中、現「国防の基本方針」は、日本国としての国家像なり国家目標についての国民的合意が形成されず、また国際社会における関わりやわが国の防衛あるいは安全保障のあり方について踏み込んだ検討を加えないまま、急きょ策定された経緯があり、今日さまざまな問題を抱えるに至っている。 「国防の基本方針」は、わが国の生存と安全を確保し、独立と主権を守るための最も重要な国家の方針書である。 したがって、現在の日本がおかれた諸条件を前提に、わが国の国際社会における地位の向上ならびに責任役割の増大を重く受け止め、国際社会の構造的変化そしてわが国をとりまく安全保障環境の変化などの趨勢を見極め、新たな視点に立って、今後のわが国の防衛あるいは安全保障のあり方について一から真剣に問い直してみることが必要である。 つまり、現「国防の基本方針」の見直しは、新たな時代に入ったわが国に突きつけられている喫緊の国家的課題であり、その全面的な見直しが避けて通れない時代にわれわれは置かれていると認識しなければならない。 以上の趣旨に基づき、誇りある主権国家日本の防衛の再構築を希求する立場から、新「国防の基本方針」について、以下の提言を行うものである。 平成22年3月 社団法人 日本郷友連盟 新たな時代における日本防衛の再構築のために 新「国防の基本方針」 1 現「国防の基本方針」の問題点 @ 非時代性(陳腐化)と戦後体制の拘束 現「国防の基本方針」は、策定から半世紀以上が過ぎ、その非時代性(陳腐化)や戦後体制による拘束などの諸問題を抱えている。 その解決には、現「国防の基本方針」の全面的見直しが必要であり、わが国にとって喫緊の課題である。 A 財政主導の防衛政策 わが国の防衛政策は、「経済重視・軽武装」の吉田ドクトリンに沿った財政主導(「最初に財政ありき」)のアプローチによって長年にわたり制約を受け、歪められてきた。 本問題を打開するには、国政全般における防衛の位置付けや重要性を明確にした上で、「わが国をどのような脅威から如何に守るか」の防衛戦略を確立して防衛政策の策定を行う防衛戦略主導のアプローチへ転換するとともに、必要な防衛力を整備するため、欧米主要国並みに財源を確保する努力が必要である。 B 日米安保中心主義 対日講和条約と日米安保条約発効以降、わが国の防衛政策は、自らの防衛努力を最小限に抑制しつつ、日米安保体制に大きく依存する日米安保中心主義をとってきた。 しかし今日、中国、インドの台頭やロシアの復活などによって米国の力と地位が相対的に低下して一極支配の構造が崩れ、世界の多極化が進展しつつあり、今後隣接する大陸国家かつ軍事大国の中国とロシアからの風圧が強まるのは必定である。 わが国は、日米安保中心主義を改め、独立国として本来あるべき自主防衛路線へと軸足を移し、また日米同盟上の応分の責任と負担を引き受けるとともに、より大きな国際的役割を果たさなければならない。 C 国家論不在と消極的な国際コミット 「国防の基本方針」は、憲法第9条が海外派兵を禁じていることから、国際活動へのコミットには基本的に慎重かつ消極的な立場をとっている。 しかしながら、資源小国、貿易立国(通商国家)の日本にとって、国益を追及するに際し、世界の平和と安定の維持はきわめて重要である。 また、世界第2の経済大国であるわが国は、そのような国際社会の構築に先進主要国家の一員として主導的役割を果たす責任を免れることはできない。 したがってわが国は、目指すべき国家像(国家目的)や国家目標を確立し、国益を明確に定義した上で、国際社会の運営には、防衛力(自衛隊)の使用を含め、より主体的、積極的かつ戦略的に参画・関与しなければならない。 D 安全保障基盤の不備 現代戦の特性は、軍事力を骨幹とし、国家の諸力を結集して、それらを総合発揮する「総力戦」にある。現「国防の基本方針」は、その基盤確立のために、民生の安定と愛国心の高揚の重要性を挙げている。 しかしその前に、すべての国民には「国防の義務」とそれを果たす責任があることの再確認が不可欠であり、それが基盤確立の最も重要な条件である。 また、自衛隊の防衛力整備を支える防衛産業の生産・技術基盤の維持はきわめて大事であり、併せて、平時から国家防衛に必要な資源エネルギー等の確保が必要である。 さらに、自衛隊の円滑な行動を可能にするとともに、国家機能および社会活動の維持ならびに国民保護(民間防衛)の観点から、国土交通、情報通信、救急医療などについては、有事および緊急事態の要求に周到に配意して整備を行わなければならない。 E 脱脅威論 現「国防の基本方針」は、国家防衛あるいは安全保障に関する国民的合意を得るため、脅威対象国(仮想敵国)を明示することを避け、公表を前提として策定されている。 しかしこれによって、逆に国民の脅威認識や危機意識を鈍化させるとともに、防衛戦略・政策の立案の上で、脅威対抗論に立った所要防衛力の考え方をはじめから排除するような動きが定着してきた。 もとより、脅威対象国を想定せず、また脅威見積りを行わないで防衛戦略・政策を策定することはあり得ない。 また、わが国防衛の基本政策である「抑止」の実効性を高めるには、脅威対象国を表向き特定しない曖昧戦略を採るとしても、わが国は予測される主要な脅威に有効に対処できる防衛力を着実に整備することを「国防の基本方針」の中で表明しておくことが必要である。 2 「国防の基本方針」策定の基本条件の変化 (1) わが国の国際社会における地位の向上ならびに責任役割の増大と限界 経済 ア わが国は、戦後復興を果たし、高度経済成長を遂げ、米国に次ぐ世界第2の経済大国へ発展して国際社会における地位を飛躍的に向上した。 世界の先進主要国の一員であるわが国は、その地位に相応しい責任と役割を果たさなければならない。 この際、これまでのように、国際システムからの一方的な受益者の立場に留まることは許されず、これを担う責任ある創造者の役割が強く期待されている。 イ わが国の経済力は、現「国防の基本方針」が策定された昭和32(1957)年」と平成19(2007)年を比較すると、概ね150倍以上になっている。 現「国防の基本方針」の策定当時、防衛力の整備に当たって懸念されたわが国の「国力国情」は、すでに完全な復活と拡大をとげており、戦後復興と経済発展を重視するが故に犠牲にされてきた国家防衛あるいは安全保障への資源配分の可能性は飛躍的に増大している。 外交 ア わが国は、戦後、「経済至上主義」を採ってきたが、経済以外に有効な手段をもたない外交には、自ずと限界がある。 わが国が世界第2の経済大国として有効強力な外交を推進し、世界の舞台で然るべき地位を得たいと欲するならば、軍事分野における機能不全を是正して「均衡ある国力」を整え、応分の責任と役割を果たす強い意思と能力を備えなければならない。 イ わが国外交は、「国連中心主義」を柱としている。 その国連は、国際の平和と安全の維持を目的とし、平和に対する脅威や破壊あるいは侵略行為に対して集団的強制措置(集団安全保障)をとるのが最大の眼目である。 しかし一世紀近い国連の歴史は、国際的紛争の発生に際し、これに対処する集団的強制措置(集団安全保障)をとることができない実体を露呈してきた。 現在、さまざまな分野で国連が果たしている一定の役割は認められ、また評価できる。 しかし、現実主義と実効性を重視しなければならないわが国の防衛あるいは安全保障を、このような国連に依託する「国連中心主義」は明らかに破綻しているといわざるを得ない。 ウ わが国にとって、日米同盟は必要不可欠である。 しかし、「対等、相互協力」の真の同盟関係に高めるには、「わが国はわが国自らの力で守る」自主防衛の体制を強化するとともに、集団的自衛権の問題などを解決して同盟上の応分の責任を果たし、同盟に対する過度で一方的な依存を改めなければならない。 軍事/防衛 ア わが国は、憲法第9条の下、保持し得る防衛力、自衛権発動の要件、自衛権を行使できる地理的範囲、集団的自衛権および交戦権などについて、防衛政策上厳しい制約が課せられており、独立国が当然保有する主権としての自衛権の行使が極度に制限されている。 そして、国家防衛あるいは安全保障の中核である自衛隊は、「軍隊ではない武力集団」という奇妙な存在として扱われてきた。 いわばわが国は、「国防なき憲法」の下、「軍隊なき安全保障」を強いられている。 イ わが国の防衛力は、通常戦力に制限され、その規模は世界的・地域的に見ても中位以下であり、きわめて限定的である。 しかも、防衛力の性格・運用には上記のような種々の制約が伴う。 また、自衛隊の行動時における権限は、PKO法に基づく国際平和協力活動時の権限を含め、警察官職部執行法の準用あるいはそれに類する規制が定められている。 このように、自衛隊は、ハードおよびソフトの両面から手かせ足かせを嵌められており、警察的性格を拭い切れない、また軍隊として国際標準の行動ができない奇形の軍事組織といえよう。 焦点である憲法の改正は歴史的課題であるが、その前に、憲法第9条の解釈の見直しによる政策変更、自衛隊法の改正そして安全保障基本法(仮称)や国際平和協力法(仮称)などの一般法の制定を通じて、可能なことからこれら諸問題の解決に取り組まなければならない。 ウ 現「防衛計画の大綱(16大綱)」は、51大綱および07大綱が採用した「基盤的防衛力構想」を反故にして、北朝鮮の核ミサイル、国際テロまた国際平和協力活動などの新たな脅威や多様な事態に備える「多機能で弾力性のある防衛力」を目標とし、実効的な対処(・・)重視の考え方をとっている。 そして、防衛関係費全体の削減を継続しつつ、主とし弾道ミサイル防衛(BMD)システム整備の所要を充足するため、自衛隊の既存の防衛力および組織規模を縮減してきた。 その結果、わが国の防衛力は「独立国として必要最小限の基盤的防衛力」を大幅に下回るレベルにまで落ち込み、自衛隊は21世紀に入って拡大し続けている任務や国家的役割に十分対応できない能力上の限界に陥りつつある。 また、アジア周辺諸国、特に中国との軍事力格差の増大によって国土防衛のための抑止力が著しく損なわれつつある。 国家として、当面する種々の脅威に適切に「対処」することは当然であるが、わが国の防衛政策は、情勢がどのように変化しようとも、主要防衛対象国による組織的な国土への侵略を未然に防止する「国土防衛」を中心とした「抑止」体制の確立を基本としなければならない。 このため、本問題の主因となっている財政主導(「最初に財政ありき」)のアプローチから脱却して防衛戦略主導のアプローチへ大胆な転換を図り、必要な財源を確保し、長期的視点に立って、主要な脅威に有効に対処できる防衛力を着実に整備することが必要である。 (2) 国際社会の構造的変化 ア 冷戦の終結を境として、国際政治には大きなパラダイム(枠組み)の転換が起こった。 冷戦は、世界を東西に二分して軍事的に対峙したが、核の恐怖と軍事バランスによって抑止機能が働き、比較的安定した、また平和な時代であった。 冷戦が終結すると、東西対立下の重石や拘束から解き放たれ、各国また各民族がそれぞれの国益や主体性等を主張する従来のオーソドックスな国際関係に回帰し、地域紛争が激化するようになった。 また、非国家主体による国際テロなどの不法行動や国際犯罪が多発するとともに、冷戦間に製造・蓄積された大量破壊兵器や弾道ミサイルおよびその関連物質や開発技術が至る所に拡散して、世界は不安定で予測困難、脅威不明で制御不能な「危険な時代」に置かれている。 イ 冷戦の一方的な勝利者となった西側の盟主アメリカは、世界唯一の超大国の地位を獲得したかに見えた。 しかし、冷戦が終結して約20年、そして21世紀が幕を開けてほぼ10年が経過した今日の国際情勢は、新たな構造変化の分水嶺を越えようとしている。 中国やインドが急速に台頭し、ロシアが復活するとともに、EUが有力な一極を構成しつつある中で、米国のパワーと地位が相対的に低下し、一極支配の構造が崩壊しつつある。 今後の国際社会では、優越を求める勢力と対等を求める勢力、現状維持を図る勢力と現状打破を図る勢力、権力の地位にある勢力と弱者の立場におかれ逆襲や復権を図る勢力、あるいは先進勢力と新興勢力などの対立・抗争が一段と激しくなり、世界の多極化の進展が加速する動きが表面化している。 ウ わが国唯一の同盟国であるアメリカのパワーと地位が揺らげば、隣接する大陸国家・軍事大国の中国とロシアからの風圧が強まってくるのは必定である。 わが国は、米国との同盟関係を一段と強化しつつ同盟上の応分の責任を果たすとともに、いよいよ戦後体制から脱却して自立自助の道、すなわち「わが国はわが国自らの力で守る」自主防衛の体制を強化しなければならない時代に直面している。 (3) わが国をとりまく安全保障環境の変化、特に脅威の増大 ア 冷戦後、世界では「平和の配当」が叫ばれ、軍縮への意欲が強く打ち出された。 しかしそれも束の間、世界の軍事費は、2000年から増加に転じた。中でも、アジアは、南北アメリカ、中東とともに地域別増加の上位を占め、主要国別の増加状況は中国、ロシア、米国の順で高く、この間、日本は反対に防衛費の削減、すなわち軍縮を行ってきた。 このため、アジアにおける日本の軍事的地位は急速に低下している。 イ 中国は、ここ21年間にわたって軍事費を毎年2けた伸ばし続け、軍事力の急激な増強近代化の道を突き進んでいる。 平成20(2008)年の軍事費は米国に次いで世界第2位(世界全体のシェアの約6%、日本の約2倍)へ躍進しており、わが国との軍事力格差は増大する一方で、予想される将来の重大な脅威を有効に抑止し、これに対処することができない情勢が生じる恐れがある。 中国は、台湾を武力統一する構えを着々と強化するとともに、海洋への進出が顕著であり、東南アジアにおける存在感や影響力も急増させている。 今後、東アジアにおける中国の覇権的拡張の動きは一層強まるものと考えられ、朝鮮半島問題とも絡まって、特に西日本から南西諸島の地域においては危険信号が点滅する情勢になっており、厳重な警戒と周到な備えが必要である。 ウ ロシアは、近年、国内では強権支配体制を強化し、グルジア侵攻など対外膨張の本性を露わにしている。 また、過去数年間連続して対前年度比15%以上の急激な伸び率で軍事費を増大し、軍備強化に拍車をかけている。 わが国周辺では、地上軍の訓練・演習、原子力潜水艦によるパトロール、戦略爆撃機による長距離飛行やわが国への近接飛行・領空侵犯などの軍事活動を活発化させており、その脅威度は警戒レベルにまで高まりつつある。 エ 北朝鮮の核兵器計画は相当に進んでおり、開発中の核ミサイルと約10万人規模の特殊部隊が「眼前の脅威」の中心である。 また、2025年頃には何らかの形で韓国と北朝鮮の国家統合の可能性があるとの指摘がなされている。 その統合の態様によっては、わが国に隣接した朝鮮半島に、核を保有する敵対的軍事大国が出現することになり、わが国の安全保障上、看過できない深刻な事態が生起する恐れがある。 3 「国防の基本方針」策定の前提条件の再検証 (1) 日本の国家像あるいは国家目的 わが国の防衛あるいは安全保障の主題は、「何を何から守るか」である。「何から」は、守るべき「何を」に対して国内外、主として外国から及ぼされる脅威である。 一方、「何を」は、広義においては国家そのものであるが、国家として守るべき狭義(究極)の「何を」に ついては、国家像あるいは国家目的のなかに明示されている筈であり、またそうでなければならない。そして、この狭義の「何を」が、「国防の基本方針」を策定するに際し、国家防衛あるいは安全保障の目的を付与することになる。 しかし、わが国の国家像あるいは国家目的は、まとまった形で公表されたことはない。 そこで、これまで政府が発表した公式文書等を基に、国民的合意が得られると判断した内容を「日本の国家目的」(試案)としてまとめ、これを新「国防の基本方針」検討の一応の準拠あるいは前提として論を進めることとする。 別添「日本の国家目的」(試案)参照 (2) 国防の目的 現「国防の基本方針」では、国防の目的は「わが国の独立と平和を守ること」とされている。 わが国は、先の大戦において、未曾有の敗北という極限的窮地に立たされた。 そこでわが国が被ったものは、国家の生存と安全そして独立の危機であり、軍事占領による国家主権の喪失であった。 では、一応独立国としての形式が保たれるならば、例えば、冷戦下、東欧諸国(チェコスロバキア)に対してソ連が打ち出した「制限主権論」、あるいは中国の柵封体制などの強要を受け入れることができるのか。 一方、「平和とは戦争のない状態である」との認識が一般的であり、その平和が努めて長く続くことは望ましい。 しかし、ただ単に戦争のない状態さえ維持できれば、国家の生存と安全そして独立と主権が守れなくとも生き残る価値があるのか。 いずれも、否である。つまり、国防の目的は、「わが国の独立と平和を守ること」ではなく、「日本の国家目的」(試案)が示すとおり「わが国の生存と安全を確保し、独立と主権を守ること」でなければならない。 それが敗戦占領という究極の立場に追い込まれた日本が、歴史的実体験を通じて得た貴重な国家的教訓である。 (3) わが国の地政学的地位・特性 ア わが国と周辺諸国家の地理的な位置関係は、わが国の安全保障戦略や政策を条件付ける最も重要な要因であり、その基本的な枠組みを決定するとともに、戦略や政策を分析検討する上の出発点である。 東西冷戦後、ロシアのグルジア侵攻あるいは中国の海洋進出や「戦略的国境」論などに見られるように、世界各国はより地政戦略的アプローチを強めるようになっている。 したがって、冷戦下に作られた現「国防の基本方針」の見直しに当っては、二極対立の冷戦思考から脱却し、わが国の地政学的地位・特性に戻って再検証することから始めなければならない。 イ 日本は、西は大陸国家の中国およびロシア、東は海洋国家のアメリカ、そして南方は東南アジアを経てオーストラリアによって包囲される形勢にあり、特に米中露の3国から戦略的関心やアプローチを受ける地政学上の要衝に位置している。 わが国が敵対的な国家によって包囲される状態は脅威であり、極めて危険である。 とりわけ、先の大戦時のように完全に四周を包囲される事態は絶対に避けなければならない。 そして、被包囲の態勢を最小限に抑えるため、日米同盟に加え、周辺諸国との友好協力関係を拡大強化することはわが国外交の大きな課題である。 ウ 海洋(島嶼)国家である日本に対し、将来にわたって重大な脅威を及ぼす恐れのある国は、隣接するユーラシア大陸の沿岸地帯に位置して大陸国家でありながら陸と海の両方を睨みつつ両生類的に行動し、海洋進出の意図と能力をもつ軍事大国の中国とロシアである。 この二つの国家を主要防衛対象国として今後とも本腰を入れて備えなければならないのがわが国の地政学的宿命である。 エ 大陸問題に関しては、わが国は「大陸への不介入」および「大陸からの膨張阻止」を基本原則とし、米国との軍事同盟を基軸に、同じ海洋国家群との連携協力関係を強化して大陸国家・軍事大国の覇権的拡張を阻止する体制を周到に整備しなければならない。 この際、朝鮮半島の地政学的意義を再確認し、日米韓の安保協力体制を強化するとともに、オーストラリア、インドなどとの連携が重要である。 (4) 現代戦の特性等 ア 現代戦の特性 現代戦の特性は、軍事力を骨幹とし、すべての国民の「国防の義務」を基盤として国家の諸力を結集し、それらを総合発揮する「総力戦」にある。 そのなかで、近年、軍事革命(RMA)の進展ならびに戦域の宇宙への拡大が国家防衛あるいは安全保障のあり方を根底から変えつつある。 わが国は、列国と比較してこのすう勢に大きく遅れをとっており、今後に大きな課題を抱えている。 イ 戦争や紛争の形態の変化への対応 (ア)主権国家相互による従来の戦争・紛争に加え、非国家主体による国際テロなどの不法行動や国際犯罪が国家にとっても国際社会の中においても重大な脅威になっており、国家防衛あるいは安全保障の重要な対象として取り上げるべき時代に入っている。 (イ)近年、世界では大量破壊兵器や弾道ミサイルの拡散、民族問題、貧困あるいは破綻国家の問題など新たな脅威や多様な事態が出現している。 このような安全保障上の問題や不安定要因は、国境を越えて他の国々・地域へ波及し、地球的広がりをもつようになってきた。 世界各国は、国際社会が協力した取り組みを通じて世界の平和と安定そして繁栄を確保することが共通の利益であるとの認識を共有するようになっている。 わが国は、国際社会の主要国家の一員として、良好な国際安全保障環境の構築のため、より主体的かつ積極的に参画・関与していかなければならない。 (ウ)軍事力の役割は、武力紛争の抑止と対処を基本としつつ、紛争の予防から復興支援まで広範多岐に及ぶようになっている。この際、軍事力のみならず外交、警察・司法、経済援助などの各種手段を総合的に運用して対処する場が多くなっており、各国、国際機関、国内関係機関あるいはNGOなどとの連携協力が不可欠である。 ウ 防衛事態区分の見直し わが国の防衛事態の区分は、平時と有事に単純に二分化されており、古典的な紛争の概念の域を出ていない。この問題を是正するため、平時と有事の中間に発生する危機時の存在と危機管理(危機回避)の重要性を明らかにして、紛争への段階的かつ一貫性ある対応措置をとり得る体制を整備しなければならない。 4 まとめ ― 新「国防の基本方針」― 現「国防の基本方針」は、まず国防の目的を定義し、その達成のために必要な基本的枠組みを@外交、A内政、B軍事(防衛)およびC同盟関係の4要件に整理して、それぞれの要件ごとに方針を簡潔に述べる内容になっており、全般の構成は妥当である。 新「国防の基本方針」の案出に当たっては、現「国防の基本方針」の形式を基本的に踏襲し、これまで検討してきた項目の要点を踏まえつつ、まず国防の目的を再定義し、その達成のために必要な基本的枠組みを主要要件ごとに簡潔に整理して、基本方針としてまとめた。以下が、新「国防の基本方針」の試案である。
「国防の目的」の項では、まず「直接および間接の侵略ならびに不法行動などを未然に防止し」としている。 これは、冷戦後、国際テロ組織あるいは過激な国際非営利組織(NPO)などの非国家主体による不法行動等が国家にとっても国際社会においても重大な脅威となっており、国防あるいは安全保障の重要な対象として取り上げるべき時代に入っているからである。 「危機の発生に際してはこれを回避し」は、平時、有事に単純に二分化されているわが国の事態区分の欠陥を是正するため、その間に発生する危機時の存在と危機管理(危機回避)の重要性を明らかにし、紛争への段階的かつ一貫性ある対処を行うことが必要との観点から付記したものである。 また、国家目的の検討結果を踏まえ、国家体制については「民主主義を基調とする」から「天皇を中心とし、自由、民主主義、人権ならびに法の支配を基調とする」へ、国防の目的については「わが国の独立と平和を守ること」から「わが国の生存と安全を確保し、独立と主権を守ること」へと、それぞれ改めた。 基本方針の第1項は、「外交」について述べている。 現「国防の基本方針」は、国際活動へのコミットには基本的に慎重・消極的な立場であった。 しかし、わが国の国際社会における地位の向上ならびに責任役割の増大という基本条件の変化を踏まえ、これに自主積極的に対応する必要性があることから、「国際連合の活動を支持し」(後述)はそのまま残したが、それ以外は大幅に方針を変更することとした。 「多様な価値観を有する国家間の協調」は、国際社会における多様な価値観の存在を肯定的に認め、世界各国と「和」の精神をもって共存共栄しつつ国際社会を発展させて行こうと考えるわが国の外交方針(哲学)を表明している。 また、「地球的諸問題の解決に積極的に参画する」については、戦争や紛争の原因となる民族問題や貧困など地球的諸問題の解決に尽力することが平和で安定した国際安全保障環境を構築し、それがわが国の国益増進に資するという観点から付記し、世界の主要国の地位に相応しい責任と役割を果たす強い意思を打ち出すため、軍事力(自衛隊)の使用を含め「積極的に参画する」としている。 新設した「周辺諸国との友好協力関係を拡大し、わが国の安全保障環境を整備する」については、わが国が戦前のような「四面楚歌」の包囲状態に陥らないように、周辺諸国との友好協力関係の拡大に努めるとともに、主要防衛対象国の動向を踏まえ、戦略的にわが国の安全保障環境を整備・強化する必要性を付記している。 第2項は、「内政」について述べている。 「国民の国を守る気概を基礎とし」は、すべての国民に「国防の義務」があり、それが安全保障基盤の中でも最も重要な基礎であることから、そのことに「愛国心の高揚」の意味を含め、冒頭のように表現したものである。 また、新たに「防衛産業基盤等を維持確保し、国土交通などの整備に当たっては有事の要求に配意し」を追加記述した。 そのうち、「防衛産業基盤等を維持確保し」については、戦後、国営の軍需工場を有しないわが国の防衛力整備が、偏に民間の防衛産業、その生産・技術基盤に支えられており、これを育成・維持することの国家的重要性を強調し、あわせて自衛隊の装備品は可能な限り国産で賄うことを防衛政策の基本方針とすべきことの趣意を込めて「防衛産業基盤…を維持し」とした。 また、平時から、国家防衛に必要な資源エネルギー等を、備蓄を含めて確保しておくことの必要性を述べるため、「…等を…確保し」と記述している。 さらに、自衛隊の円滑な行動を可能にするとともに、国家機能および社会活動の維持ならびに国民保護(民間防衛)の観点から、国土交通、情報通信、救急医療などについては、有事および緊急事態の要求に周到に配意して整備を行う必要があることから、「国土交通などの整備に当たっては有事の要求に配意し」とした。 なお、「緊急事態」は、表現の簡明を期するために「有事」に含めて記述している。 第3項は、「軍事(防衛)」の項であるが、現「国防の基本方針」では防衛力の整備という一側面に限って記述され、肝心な「何を何から如何に守るか」の内容が記述されていないため、全面的に書き改めることとした。 これまでの検討で明らかにしたように、わが国の防衛はあくまでも「国土防衛」が基本であり、その重要性を再確認した。 また、財政主導(「最初に財政ありき」)のアプローチから防衛戦略主導のアプローチへ大胆な転換を図って、予測される主要な脅威に有効に対処できる防衛力を着実に整備するとともに、その防衛力を骨幹とし、すべての国民の「国防の義務」を基盤として国家のあらゆる組織・力・手段を結集し、総合発揮することが国家防衛の上では不可欠である。 さらに、日米安保を主とし、自衛隊を従とする従来の日米安保中心主義を改め、自衛隊を主とし、日米安保を従とする自主防衛路線へ軸足を移さなければならない。 それらの要点をまとめて上記のように表現したものであり、新「国防の基本方針」の骨格を形成している。 第4項は、「同盟関係」について述べている。 わが国は、自衛隊を主とし、日米安保を従とする自主防衛路線への転換に努めるべきであるが、特に核戦略・核政策ついては、引き続き日米同盟に依存するところが大である。 また、本同盟がわが国の主要防衛対象国(仮想敵国)との「力の均衡(Balance of Power)」ならびに地域の平和と安定を保つ重大な役割を果たす点を踏まえ、「米国との安全保障体制を堅持し、もってわが国の安全保障を補完強化する」とした。 なお、「国際連合」については、国際問題の解決の場というよりは、むしろ国益達成の場として利用されることが多く、国家間の紛争や事態を有効に解決する機能を果たし得るに至っていないのが実体である。 国連が果たしている一定の役割は認められるので、現「国防の基本方針」の第1項「国際連合の活動を支持し」はそのまま残した。 一方、第4項「外部からの侵略に対しては、将来国際連合が有効にこれを阻止する機能を果たし得るに至るまでは」という文言は極めて実体とかけ離れており、また極めて実現性の乏しい内容である。 特に、現実主義と実効性を重視しなければならないわが国の防衛あるいは安全保障を、このような国連に依託する「国連中心主義」は明らかに破綻していると判断し、当該箇所を削除したものである。 以上述べてきたとおり、現「国防の基本方針」は、時代の変化に堪えてなお有用な部分が含まれており、その意義を全面的に否定するつもりはない。 しかし、その大半は明らかに賞味期限が切れている。 政権交代を成し遂げた民主党は、長い自民党政権時代の遺物でもあるこの方針に従って、平成21(2010)年末に予定されている新たな「防衛計画の大綱」の策定に望む考えであろうか。 もしそうであるならば、新大綱は、時代の変化や要請に対応できない古色蒼然たるものにならざるを得ず、わが国の将来に大きな禍根を残すことは間違いなかろう。 つまり、新「防衛計画の大綱」の策定に当たって、これに指針や準拠を与える「国防の基本方針」については、国際社会におけるわが国の地位・役割の増大を踏まえるとともに、国際社会の構造的変化やわが国周辺諸国からの脅威の増大などの国際情勢・安全保障環境の今後の趨勢を見れば、その再検討と全面的な見直しを避けて通ることはできない。 そのような時代にわれわれは置かれており、21世紀の新たな時代に入ったわが国にかせられた基本的な課題であるに違いないのである。 本提言が、国民の積極的な論議を促し、新たな時代の「国防の基本方針」の策定に些かなりとも資するとすれば、望外の喜びとするところである。 別 添
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